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京都地方裁判所 昭和57年(行ウ)46号 判決 1984年7月26日

京都市下京区猪熊通五条下ル柿本町六七〇番地一〇

原告

木村幸夫

訴訟代理人弁護士

高田良爾

京都市下京区間之町通五条下ル大津町八番地

被告

下京税務署長

今福三郎

指定代理人検事

笠原嘉人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告が、昭和五六年七月二〇日付で原告に対してした原告の昭和五四年分及び昭和五五年分(以下本件係争年分という)の所得税更正処分(以下本件処分という)のうち、昭和五四年分の事業所得金額が一四〇万二〇〇〇円を、昭和五五年分の事業所得金額が一四四万六九八八円を、それぞれ超える部分及びこれに対応する過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  本件請求の原因事実

1  原告は、手描友禅業を営んでいるが、本件係争年分の所得税の確定申告から国税不服審判所の裁決までの日時とその内容は、別表1記載のとおりである。

2  本件処分には、次の違法がある。

(一) 被告の部下職員は、税務調査の際、その理由を開示しなかつた。したがつて、この税務調査は、違法である。

(二) 被告は、原告の事業所得金額を過大に認定して本件処分をした。

3  結論

原告は、被告に対し、本件処分のうち、昭和五四年分の事業所得金額が一四〇万二〇〇〇円を、昭和五五年分のそれが一四四万六九八八円をいずれも超える部分と、これに対応する過少申告加算税賦課決定処分を取り消すよう求める。

二  被告の答弁

1  本件請求の原因事実中1の事実は認める。

2  同2の主張を争う。

三  被告の主張

1  被告の部下職員は、昭和五六年四月一七日から同年六月一八日までの間、数回にわたつて、税務調査のため原告肩書住所に臨場した。そして、部下職員は、原告に対し、本件係争年分の事業所得の金額の計算の基礎となるべき帳簿書類等の提示及び事業内容の説明を求めたが、原告は、昭和五五年分の売上げに関する一部の取引資料を提示したにとどまり、また事業の実態についても何ら具体的な説明を行わず、同職員の調査に協力しなかつた。

そこで、被告は、やむを得ず原告の取引先等の調査を行い、その結果得た資料に基づき、原告の本件係争年分の事業所得金額を算定したところ、原告の申告額を上回つたため、本件処分をした。したがつて、本件税務調査には、なんらの瑕疵がない。

2  原告の本件係争年分の事業所得金額は、別表2記載のとおりである。以下分説する。

<1> 売上金額

その明細は、別表3記載のとおりである。

<2> 同業者率

被告は、原告の本件係争年分の売上原価・一般経費を算定するについて、同業者率を適用した。

(同業者選定の基準)

被告は、同業者を選定するに当たり、次の基準により、下京税務署、同業者の多い中京税務署、 右京税務署の手描友禅業者から選んだ。

(一) 染色業のうち手描友禅業を営んでいること。

(二) 他の事業を兼業していないこと。

(三) 青色申告書を提出していること。

(四) 売上金額が、二〇〇万円から六〇〇万円までの範囲内であること。

なお、右基準の売上金額の範囲は、原告の売上金額が、昭和五四年分は、四二一万一一〇〇円、昭和五五年分は、四三二万四一七〇円であるところから、上限を原告金額のおおむね五〇パーセント増である六〇〇万円、下限を原告の売上金額のおおむね五〇パーセント減である二〇〇万円とした。

(五) 年間を通じて事業を継続していること。

(六) 不服申立て又は訴訟係属中でないこと。

(同業者選定の合理性)

右の選定基準は、原告の事業内容に基づき設定されたものであり、当該基準により選定された同業者は、原告と業種および事業規模が類似している。

右の基準による同業者の抽出は、大阪国税局長の通達に基づいて機械的になされたものであり、その抽出に当たつて恣意の介入する余地はない。

原告の所得金額を推計するに当たり、被告が適用した同業者率は、前記の基準に基づいて抽出された各同業者が所轄税務署長に提出した青色申告決算書に記載されている金額(ただし、調査を行つた者については、調査後の金額)によつて算定されたものであり、その算定の基礎となる資料はすべて正確なものである。

したがつて、被告が、右により選定された同業者の同業者率の平均値を用いて原告の本件係争年分の売上原価一般経費を推計したことは、合理的である。

(同業者の推計)

このようにして選定された同業者は、別表4の1(昭和五四年分)、2(昭和五五年分)に記載した四二件である。

(同業者率の算出)

この同業者四二件の平均割合である。

<5> 支払利息

原告が、審査請求のとき申し立てた金額である。

<6> 専業専従者控除額

原告が確定申告の際申し立てた原告の姉訴外木村加代子の専業専従者としての控除額である。

<7> 事業所得金額

原告の本件係争年分の事業所得金額は、次のとおりになる。

昭和五四年分 二九一万四〇七七円

昭和五五年分 二九二万五四二五円

3  そうすると、本件処分は、これらの金額の範囲内でされたものであるから適法であり、これに対応してなされた過少申告加算税賦課決定処分にも、取り消すべき瑕疵はない。

四  原告の反論

(認否)

被告主張の<1>売上金額、<5>支払利息、<6>専業専従者控除額を認める。

同業者率を争う。

(特別経費)

原告は、本件係争年分中に、訴外知野見章(昭和五四年六月採用、昭和五五年六月退職)、同馬場由貴子(昭和五三年四月採用、昭和五四年九月退職)を各雇用し、別表5記載の金額を給与(退職金を含む)として支給した。したがつて、これは、売上金額から特別経費として控除すべきである。

五  被告の反駁

原告主張の特別経費の金額を争う。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。

理由

一  原告は、手描友禅業を営んでいること及び原告の本件係争年分の課税の経緯とその内容が別表1記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  本件税務調査の違法性について

(一)  本件に顕れた証拠を仔細に検討しても、本件税務調査に原告主張の違法があることが認められる的確な証拠はない。

(二)  却つて、証人太田満の証言によると、つぎのことが認められる。

1  被告の部下職員である訴外太田満は、昭和五六年四月一七日から同年六月一八日まで、税務調査のため、六、七回原告方に臨場した。

2  太田満は、第一回目のときには、原告に対し、来意を告げて調査の協力方を依頼したが、仕事が忙しいことを理由に断わられた。そのとき、原告は、収支計算をし、それに基づく領収書等もあるといつたものの、それらを太田満に見せなかつた。そこで、太田満は、もう一度伺うから書類等を用意するよう依頼した。

3  太田満は、第二回目(同年四月二〇日)に原告方に臨場したとき、原告が不在で会えなかつた。

4  太田満は、第三回目(同月二八日)には原告と会うことができたが、民商の事務局員一名、民商の会員三名が立会を求めた。そこで、太田満は、第三者の立会を拒んだが、退去しなかつた。原告は、税務調査の理由を訪ねたので、太田満は、所得金額が正しく計算されているかどうかの確認をするために来たことを説明し、収支計算書を提示を求めたが、原告は、それを見せず、売上伝票の一部を見せた。太田満は、訴外奥村染工株式会社との間の昭和五五年分の売上伝票を書き写すことができた。太田満には、原告が訴外丹下信株式会社と取引をしていることは判つたが、その売上伝票の提示がなかつた。そして、原告は、このとき、反面調査をしないことを確約するよう強く要求した。

5  太田満は、同年五月二七日に原告方に行つたが、このときにも、第三者が五名もおり、テープレコーダーを持ち込んで、太田満が反面調査をしたことに対し抗議をすることに終始し、調査には、非協力であつた。

(三)  以上認定の事実によると、太田満は、本件税務調査の際、税務調査の理由を説明して協力を求めているのであるから、本件税務調査には、なんら原告が主張する違法の点はなかつたとしなければならない。したがつて、原告のこの主張は、採用しない。

三  本件処分の違法性について

(一)  別表2の<1>売上金額、<5>支払利息、<6>専業専従者控除額は、当事者間に争いがない。

(二)  前記認定のとおり、原告は、本件税務調査に非協力的態度をとり、本件訴訟でも実額の主張をしないから、被告としては、推計課税の方法によつて、原告の本件係争年分の所得(事業所得金額)を認定するほかはない。

証人上田和幸の証言によつて成立が認められる乙第二ないし第七号証や同証言によると、被告は、被告主張の基準によつて、下京税務署、右京税務署、中京税務署の各管内の手描友禅業者すなわち原告と同業の手描友禅業者を四二件選定したこと、その四二件は、別表4の1(昭和五四年分)、2(昭和五五年分)の同業者であること、以上のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

そうすると、この同業者の選定は、相当であり、このようにして選定された同業者の平均値を売上原価・一般経費率として適用することには、合理性があるとしなければならない。

(三)  別表2の<3>売上原価・一般経費率をもつて、原告の本件係争年分の所得(事業所得金額)を計算すると、別表2のとおりになることは、計算上明白である。

(四)  原告は、雇人費を特別経費として控除するよう主張しているので、この点について判断する。

1  当裁判所が真正に作成されたものと認める乙第九号証によると、訴外知野見章は、昭和五二年一〇月から昭和五四年七月二〇日まで、訴外日進銘板株式会社に正社員として、午前八時三〇分から午後五時まで勤務していたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

2  原告本人尋問の結果によつて原告が国税不服審判所に提出した領収書の写であることが認められる乙第一〇、一一号証と原告が、本件訴訟で証拠として提出した甲第五、六号証を対比すると、原告は、甲第六号証では、乙第一〇号証二枚目の「54年」を消し、乙第一〇号証の二枚目にある三月二七日分、四月三〇日分を切り取つてしまつている。

原告は、知野見章を、昭和五四年六月から雇傭したと主張していながら、乙第一〇号証の二枚目によると同年一月分ないし同年四月分の給与を支払つたことになる。そこで、原告は、乙第一〇号証の二枚目「54年」を消し、三月二七日分、四月三〇日分を切り取つて、同枚目の一月分と二月分を昭和五五年分に支払つたと主張し、その証拠として提出したのである。しかし、この金額は、乙第一一号証の金額とも合わない。

そのうえ、乙第一〇号証の一枚目によると、原告は、知野見章が前職を退職する前の昭和五四年六月二八日、金九万七二七〇円もの金を支払つたことになるが、この額は、知野見章を正式に雇傭した後の月給より高いことになる。

3  以上の矛盾点を考えたとき、原告が知野見章に給与を支払つたその領収書であるとして提出している甲第五ないし第一一号証の真実性に疑問があり、これらを採用して、原告主張額を認めることは到底無理であるといわなければならないし、この点に関する原告本人尋問の結果は採用しない。

4  原告が、訴外馬場由貴子に給与を支払つたその領収書であるとして、甲第三、四号証を提出している(前掲乙第一〇号証にこの写しがある)。

しかし、甲第三、四号証のうち、その筆跡から原告がその殆んどを書いたことが認められる。そうなると、甲第三四号証の正確性を裏付けるため、原告の日々の金銭の出入を記載した日計表、月計表などの会計帳簿等の提出が必要になる。ところが、原告は、事業所得算出過程の一部についてのみ実額計算を主張し、手元にある伝票類や会計帳簿の全部を開示せず、右領収書類しか提出していない。

原告は、国税不服審判所に対し審査請求をしたとき、本件係争年分の事業所得金額の実額主張をし、同審判所の再三の提示要求に対して証拠書類の一部を提出した。それらの中に前述した裏付けとなる会計帳簿等があるかどうか判らないが、原告は、そのときには、雇人費として、昭和五四年分一四八万〇二八〇円、昭和五五年分一二四万一一〇〇円と主張している(成立に争いがない乙第一号証による)。この額は、原告が本件訴訟で主張している額とも異なる。ということは、原告自身が一体いくらの雇人費を本当に支出したのかが判らないということに帰着する。このようにまことに恣意的な原告に対し、より正確な確実な証拠の提出を要求しても、原告に不可能を強いることにはならないと考える。

そうすると、馬場由貴子に対する雇人費についても、その主張を裏付ける証拠がまだないといわなければならない。

(五)  まとめ

原告の本件係争年分の事業所得金額は、被告主張のとおり認められるから、本件処分は、この額の範囲内であるりことが明白であり、本件処分には、なんらの取り消すべき瑕疵がなく、これに対応する過少申告加算税賦課決定処分も適法であることに帰着する。

四  むすび

以上の次第で、原告の本件請求を棄却し、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 古崎慶長 判事 小田耕治 判事補 長久保尚善)

別表1 課税の経過

<省略>

別表2 事業所得金額

<省略>

別表3 売上金額明細表

<省略>

別表4の1 昭和54年分同業者率表

<省略>

別表4の2 昭和55年分同業者率表

<省略>

別表5 原告主張の雇人費

昭和五四年分 九八万八四七〇円

<1> 知野見章に支払つた給与 合計三一万一七五〇円

八月 七万〇〇〇〇円

九月 五万三二五〇円

一〇月 五万二〇〇〇円

一一月 三万五〇〇〇円

一二月 一〇万一五〇〇円

<2> 馬場由貴子に支払つた給与合計六七万六七二〇円

一月 七万二一四〇円

二月 七万二一四〇円

三月 七万二一四〇円

四月 七万二一四〇円

五月 七万二一四〇円

六月 七万二一四〇円

七月 一二万二一四〇円

八月 七万二一四〇円

九月 四万九六〇〇円(退職月)

昭和五五年分 五五万三六二〇円

知野見章に支払つた給与(退職金を含む)

一月 八万五〇〇〇円

二月 九万二四〇〇円

三月 一〇万六〇〇〇円

四月 一二万四九〇〇円

五月 一〇万一五〇〇円

六月 一万三八二〇円(六月九日退職)

三万〇〇〇〇円(退職手当相当分)

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